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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)248号 決定

抗告人 小林正次

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は別紙の通りである。

抗告理由(一)について、

本件競落物件中の旅館一棟と競落物件外の木造スレート葺平家建居宅一棟とが伊東市岡四五三番地の三の宅地上に存し、抗告人が右の宅地を土屋治作より賃借していることは、一件記録に徴しこれを認めることができる。然し建物の任意競売手続において敷地の賃借権は競売の対象となるものではないところ、競売法第二九条民事訴訟法第六五八条は競売手続の対象となる不動産を特定せしめるためこれを公告すべきことを命じたものであるから建物敷地の賃借権の範囲を示す要はないものと解される。従つてこれを掲記しなかつた公告を違法とすることはできないし、又競売手続中においてその競売建物の敷地の賃借権の範囲を明示すべきことを命じた規定もないから、記録中にこれを明らかにした資料がないからと言つて、競落許可決定を違法としなければならぬものでもない。抗告理由(一)は理由がない。

抗告理由(二)について、

本件記録中の調停調書謄本によれば、昭和三十五年四月十三日東京高等裁判所昭和三四年(ノ)第一四号事件において敷地所有者土屋治作と抗告人との間に調停が成立し、これによれば土屋治作が新たに本件旅館の敷地を抗告人に賃貸し、且抗告人が右賃借権を第三者に譲渡することを承認したことが認められる。而してかかる賃貸人の事前の承諾は賃借地上の建物の最低競売価格を決定するについて斟酌せられるべきものであるところ、原審は昭和三十六年九月九日競売期日の公告をするに当り鑑定人芹沢敏夫の評価に従つて建物(旅館)の最低競売価格を金四百七十九万千六百八十円と定めたものであるが、同鑑定人の評価書によつては評価に当り前記敷地賃貸人の賃借権譲渡につき承諾のあつた事実が考慮されたかは必ずしも明らかでない。然しながら抗告人主張の如く本件旅館の敷地の賃借権が一坪当り金十五万円の価格があると認むべき資料は全くないし、本件競売手続の経過を見ると、本件競売手続は早く昭和三十三年五月十二日既に開始されたもので、昭和三十三年九月十六日最低競売価格を金六百八十七万九千六百七十二円と定めて第一回の競売期日を開いたが、競買申出人がないまま以来七回にわたり最低競売価格を逓減した結果第七回の競売期日にようやく金三百七十一万二千二百円で競買を申出たものがあつたが、このときは抗告理由(一)に対する判断で述べた木造スレート葺平家建居宅一棟を誤つて本件旅館の一部としてこれをも競売に付したため右の競落は不許可となり、(従つて右居宅を除くと更に安価でなければ競買申出を期待できない筋合である。)改めて原審は前記鑑定人芹沢敏夫に本件旅館の建物を鑑定せしめ、最低競売価格を金四百七十九万千六百八十円と定め、昭和三十六年九月九日競売期日を開いたところ、依然競買の申出がないため更に四回にわたり最低競売価格を逓減して競売期日を開いた結果、ようやく昭和三十七年三月十日本件競落人君沢安が金三百四十九万二千九百円で競落するに至つたものである。以上のように競売期日を開いても競買を申出るものがないため当初の最低競売価格金六百八十七万九千六百七十二円を何回となく逓減し金三百四十九万二千九百円まで減額せざるを得なかつた経過に照せば、仮令所論の如く敷地の賃貸人が賃借権の譲渡を予め承諾している事実を斟酌して高額の最低競売価格を決めこれを公告したとしても、それだけでは(建物敷地の賃貸人が敷地賃借権の譲渡を予め承諾している事実は公告すべき事項ではない。)より高価の競買申出を期待することは不可能と言うべく、結局競買申出人がないため前記のように最低競売価格を逓減し、本件と同様の結果となるであろうと推断することは決して不合理とは言えないのである。かような場合は逓減前の最低競売価格が適正(より高価)に決定されなかつたという瑕疵は治癒されたものとして、これを理由に競落許可決定の取消を求めることはできないと解するのが相当である。よつて抗告理由(二)もこれを採用できない。

その他記録を精査しても原決定を取消すべき違法の点を発見できないので本件抗告は理由ないものとして主文の通り決定した。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

別紙

抗告の理由

(一) 昭和三十三年五月十二日に御庁に対し、被抗告人株式会社静岡相互銀行を申立債権者、抗告人を債務者兼物件所有者として、無尽掛金残金壱百六拾六万五千円及びその損害金の弁済を求めるため抗告人所有の不動産につき抵当権の実行を求める旨の競売申立がなされ、右は御庁昭和三三年(ケ)第五八号不動産競売事件として係属し、数次の競売期日を経て昭和三十七年三月三十日に抗告外君沢安が本件不動産を代金合計金四百参拾六万九千五百円で競落し同年四月五日に右競落を許す旨の競落許可決定がなされた。

ところで、本件競落不動産の内で重要な部分をなしているものはその五筆の不動産の内、(四)の鉱泉地持分及び(五)の旅館建物壱棟である。

この旅館建物壱棟は他人の所有地上に存し、勿論この敷地は本件競売とは関係なく、抗告人所有建物のみが競落となつたものである。然し建物を考えるときには、その敷地も考慮の外に置くことはできない。

本件では旅館建物壱棟は抗告外土屋治作所有の伊東市岡四五参番の参の宅地上に存するが、この宅地は八拾坪弐合四勺を以て一筆となり、本件競落旅館建物壱棟は、この一筆の宅地を、本件競売外の家屋番号岡第弐八番の弐の木造スレート葺平家建居宅壱棟建坪弐拾壱坪壱合参勺と共に、その敷地として使用している。

(右の岡第弐八番の弐の建物の存在することにつき、昭和三十五年九月六日の競売期日にはこの建物の存在を看過したままの競売があり、後に同年十一月十四日の競落期日に至り、この関係部分につき競落を許さない旨の決定があり、再び競売が始められたものである。)

この一筆の宅地八拾坪弐合四勺は、これを抗告人が抗告外土屋治作から賃借しているもので、右の家屋番号岡第弐八番の弐の建物の敷地部分は、抗告人が更にこれを普通建物所有のため、その所有者である抗告外小林とり外三名に対し転貸しているものである。然るに本件競売に当つては、本件競落に係る旅館建物壱棟が右借地の内の何処の部分を占めているか従つてこれと岡第弐八番の弐の建物との境界が何処であるかの点が示されていない。

本件競落の結果は、抗告人の本件旅館建物壱棟の敷地に対する占有も失われることとなるものであるが、そのこれに隣接する本件外建物の占有地との境界が明示されていない。このことは抗告人に取り甚しい損害である。

競落建物の占める敷地部分の表示までが直接民事訴訟法第六五八条第一号の要求するところでないとしても、少くとも一件記録に徴しその部分が明示されていることは、これを必要とする処である。

然るに本件競売においては、昭和三十六年九月八日付の鑑定人芹沢敏夫作成に係る評価書によるも、その他何れの個処にも、右の点は明らかにされていない。

それで結局本件競売は、競売期日の公告内容に、同条同号の不動産の表示を欠くものと云うべきであり、本件競落を許す原決定は違法である。

(二) 本件競売において最低価格を定めるに当り、前記鑑定人芹沢敏夫作成の評価書に示された評価価格が採用されている。

ところで、同鑑定人は旅館建物壱棟の価格を鑑定するに当り建物の位置及び附近の状況、建物の利用状況、建物の構造、建築年月並びに敷地関係を参酌して価格の鑑定をなしている。そしてその敷地関係として、只本件土地が賃借地であるということのみしか考慮されていない。

然し、現下の経済事情として建物とその敷地との関係については複雑微妙なものが存する。競売事件において賃借地上の建物を競落したものはその借地の賃借権をも取得するもののその賃借権を以て土地所有者には対抗し得ず、従つて建物を存置させるためには更に土地所有者に対し権利金を支払い土地所有者の承諾を得るのを常としている。

本件の場合には、抗告人と土地所有者土屋治作との間に東京高等裁判所昭和三四年(ノ)第一四号工作物収去等調停事件につき昭和三十五年四月十三日に成立した調停の調書第五項において、抗告人が本件土地の賃借権を他人に譲渡することの承認を受けている。従つて本件旅館建物壱棟は、その敷地の賃借権を他人に譲渡し、これを無償で土地所有者に対抗し得る経済的利益を含んだものであり、この種の借地権の不安定な建物とは趣を異にしている。

本件旅館建物壱棟に附着した土地賃借権の価格は、この附近の更地の価格が坪当り少くとも金弐拾万円を下らないと考えられるから、大凡坪当り金拾五万円程度であると考えられる。そしてこの旅館建物壱棟の敷地部分は略々六拾坪内外と考えられるのであるから、この土地賃借権の価格も略々金九百万円程度と考えられる。本件旅館建物壱棟はこのような土地借地権の価格をも帯有している建物である。

然るに鑑定人の評価に当り、このような事情を考慮した事跡が全くなく、通常の借地権の不安定な建物の場合と同一の評価のなし方をしている。そして執行裁判所もこの価格に基き競落を許している。

それで結局本件競売は、適正な価格を以て最低競売価格としたものでないから、民事訴訟法第六五八条第六号所定の、競売期日の公告内容に最低競売価格の表示がなかつたものと云うべきで、この競落を許した原決定は違法である。

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